お客様へ

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 五十二萬石 如水庵コーポレートサイト へお越し頂き誠にありがとうございます。

 創業以来代々お菓子づくりに励んでまいりました。
私も父亡き後を継いで以来、母と共に「美味しいお菓子を作りたい」「健康に良いお菓子を作りたい」と努力し続けてまいりました。


 一、お菓子は平和の文化、家庭の平和と世界の平和に貢献する。

 一、おいしさひとすじ、健康に良いお菓子づくりに挑む。

 一、お菓子は五感の芸術、 詩心あふれる最高峰のお菓子づくりをめざす。

 一、信頼され愛される筑紫菓匠、 風格と品格ある世界一の老舗をめざす。

 一、経営品質を追求して、 従業員の幸福と社会文化の進展に寄与する。

という新しい経営理念を高く掲げ、精進してまいります。
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福岡のインターネット放送局「COWTV」で弊社社長のインタビューが放映されています。
経営理念とお菓子作りに対する思いを語っています。ぜひご覧ください。リンクをクリックすると再生を開始します。
※音声が出ますのでご注意ください

・お菓子で世界を変える!
・徹底した経営理念づくり
・如水庵の商品開発
・野の花で心に響くおもてなし

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私の曽祖父  森 千太郎

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この写真は、約百年前の明治三十五年頃のものです。一番右端が、私の曽祖父・森 千太郎です。 「ものすごく厳しくて、気合の入った、精力的な人」と、祖母や父から聞いていました。  江戸期から福岡の寺社用のお菓子を作っておりましたが、九州・山口一円の約百六十の寺社へと 発展させ、明治四十三年の広島、四十四年の久留米の陸軍特別大演習のご紋菓を明治天皇(宮内省) よりご注文をいただきました。  代々の神社仏閣御供物調進所を継いだだけでなく"博多のあめ売り"でも一世を風靡したそうです。 飴棒の担い手(今のルートセールスマン)三十六人が現在の福岡市周辺はもちろん、西は前原・唐津 までも、また八木山を越えて飯塚・直方までも売り歩いていました。  また、高度な製菓技術の飴細工・生菓子・干菓子細工も得意とし、当時の博多の菓子店十二軒でお 菓子作りの研究団体"十二会"を結成し、世話役をやっておりました。この写真から、お菓子屋同士 切磋琢磨して、お菓子文化を創造し合ってきた様子が偲ばれます。  苦心創造したお菓子が数々が並んでいます。きっと誇らしげに出し合っての、品評会だったので しょう。  

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